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 3月9日,水曜日。

 その男性は心臓血管外科を受診し,外科的血行再建術は決定した。自己血保存の期間を考慮して4月5日の施行予定となる。

 

 退院するさい,患者が訊ねてきた。

「手術がうまくいったら,百歳まで保証されるだろうね」

 白寿を超えて生きるとは,そもそもどういったことであるのか,知っているのだろうか。

 現代では,九十代の人の診療は外来でも珍しくなくなったが,自立した患者はきわめて稀なのであって,ケシ粒ほども私には望みたくない将来である。そのせいか,つい言い放ってしまう。

「たしかなことは,ここで手術を拒否すれば,長生きは絶対ありえないってことかな。平均寿命だって難しいだろうけど・・・どうする? キャンセルしてもいいんだけどね」

「いいわけないよ! 先生も,いやに酷な言いかたをするね。ちゃんと手術は受けるから,患者に希望を持たせてほしいよ」

 いかんな・・・いつのまにか自分の領域に入り込んでいた。

「信じる者は救われる。立ち向かっていけば,なんとかなるもんだよ。夢が叶う可能性もじゅうぶん出てくるね」

「ありがとう,先生。おれは,挫けないよ」

 やはり言えない。もう主治医をつとめられない,とは告げられなかった。ということは・・・インターベンションが成功していれば,すべての心カテ治療が終了するまで,決行の日は延期せざるをえなかったであろう。

 

 なんとなく障害が避けられている気がするのだ・・・これが,タオなのか?