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 3月7日,月曜日。

 午後,71歳の男性に対して,主治医としては最終となるはずの,冠動脈インターベンションいわゆる心カテ治療を行なう。

 

 患者は,57歳のとき心筋梗塞を発症し,もともと他病院に通院していた。

 62歳のとき,夜間に発作をおこして救急車でうちの病院に運ばれ,緊急心カテ治療を行なって以来のつきあいになる。

 当時から男性は,百歳まで生きると公言して憚らなかった。

「目標の年齢まで生きられるかどうかは,ひとえにドクターの腕にかかっているんだから・・・ぜひとも,よろしく頼みますよ。それには,先生にも長生きしてもらわないとね!」

 これまでインターベンション治療を5回施行していたが,ここ6年間は発作をみとめず,心カテを行なわなくてもいい状況であった。

 最近になって胸部不快感をみとめたという。聞いたかぎりでは発作らしくなかったが,断定はできない。基礎疾患として糖尿病,高血圧,脂質異常症をもっているのだ。通常の検査に異常がなくても,このあたりで心カテを実施するのが妥当である。

「いつまでも元気でいたいのなら,今年はカテーテル検査を受けてもらうよ。そうでなければ,担当医を降りるから!」

「先生,それはないよ」と,口を尖らせる。「それじゃ,イヤだなんて,言えっこないよ」

 強迫じみた指示であっても,患者は素直に応じてくれる。少しでも長寿の実現に協力したい。

 ところが・・・蓋を開けてみると,結果は予想以上に,きわめて重症だったのだ。バイパス手術は避けたいとの希望があって,完全閉塞を含む3枝病変に対して戦略を立てなければならなかった。

 まずは一回目,右冠動脈中間部をターゲットに・・・以前留置されたステント遠位端の完全閉塞に対してインターベンションをおこなう。

 それに成功すれば,二回目以降,他の部位に対しても心カテ治療が可能である。しかしながら・・・一回目が不成功に終わるならば,完全血行再建をめざして外科的治療を選択するのが最善であろう。

 

 浅谷さんの看取りが終わったあと,急いで本人に連絡をとり,7日にカテーテル治療の時間枠を確保した。

 

 インターベンションの当日。

 術直前,自身の発作予防のために硝酸薬を舌下し,わたしは万全の態勢で手技に臨んだのだ。

 けれども・・・無念至極,かたい病変部を打ち抜いて血流を復活させることはできなかった。ガイドワイヤーを真腔に通すこと能わず,開始から約2時間後,造影剤の漏出を認めたところで中止を余儀なくされたのだった。

 その場で,冠動脈バイパス術の検討を患者に宣告する。

 

 翌日,撮影した動画を解説しながら,治療の経過と結果および今後の方針についてムンテラした。

 外科的手術以外の手段・・・名高い病院を受診し,卓越したスキルを有する医師のもとで,再度カテーテル治療に挑戦してみることも提示した。

 患者はこう答えた。

「せんせいが,そう言うのなら・・・仕方ないね,バイパス手術を受けるよ」