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 3月3日,木曜日。

 夕食を軽めに済ませて,裕子といっしょに映画を見に出かける。

「こんな日にかぎって,雪が降るんだから!」

 彼女が嘆くのもムリはない。雛祭りの日は冬がぶりかえし,ずいぶん寒い日になった。前日,誘ったときには天気は悪くなかったのだ・・・大雨男の異名は,いまだ健在といわねばなるまい。

 映画といっても,とくに見たい作品があったわけではない,上映中のものから適当に選べばいいと思っていた。けれど,見納めにふさわしいものがなくて多少がっかりする。

 人とは,かならず期待しているものなのだ。

 落胆しながらも映画館で『あしたのジョー』を選んだ。内心では,大好きな漫画には遠く及ばないだろうと高を括っていた。

 ところが,実写映画にしては思いの外よかったのである。登場人物にはアニメ同然の雰囲気がただよい,ジョーと力石の生きざまは私に勇気を与えてくれた。頭のなかには漫画のラストシーンが呼び起こされ,燃えつきて真っ白な灰になったジョーがスクリーンの映像に重なって見えていた。

 ・・・あの顔に浮かんでいるのは,タウ・タオ・タイの笑みなのだ。なぜ今まで気づかなかったのだろう。

 そうおもうと,このタイミングで上映されているのが,なんとも奇妙な感じがした・・・偶然にしてはあまりにも出来過ぎていやしないか!