( 12 - 4 )

 

 タウ・タオ・タイ

 ・・・すべてはこのまま。

 ここに存在する,ありとあらゆるものは,そのままでいいのだ! 悪であろうが,凶であろうが,不運であろうが,それがナニであろうとも。

 でなければ・・・人間は,もちうる十全なる能力をいかんなく発揮することはできないであろう。

 

 タウ・タオ・タイ

 ・・・タウをもって,タオにしたがい,タイをつくしぬく。

 あるがままでよければ,イツであれドコであれナニであれ,ひとつとして求めるものはない! ただ,生のかぎりを尽くすだけだ。

 であるなら・・・求めないままに追求することができるであろう。

 

 タウ・タオ・タイ

 ・・・いっさいのことは,そのままであり,それなりであり,それだけである。

 それ以上でも,それ以下でもない! できなければ,できなかったことがそこにあり,できていたら,できなかったことはないのだ。

 ならば・・・そこに,ありのままの価値を見いだせることであろう。

 

 呪文は不安を一掃する。悲運を肯定する・・・わたしは私でよいのだと。

 

 真実の言の葉は善悪を選ばない。行なうのは人間である。

 人によって・・・善にもなり,悪にもなる。すなわち,善にあっては善を,悪にあっては悪を,あと押しするのだ。

 邪悪に通じぬことは,真の本質を捕らえてはいない。

 

 暗闇の海のかなたに,またしても浅谷さんのあの笑みが思い浮かぶ。アルカイックスマイルも,いってみればタウ・タオ・タイなのだ。

 しぜんに顔がほころぶくらいに,神経や感情の昂ぶりは鎮まりつつあった。そろそろ引き返すとしようか。

 

 かえる道すがら,決行の日を定める・・・2011年3月13日の日曜日だ。 もはや躊躇いはなかった。

 

 深夜,裕子が帰ってくる。頭が冴えて眠れないので水割りを飲んでいた。

「きょう,いや,もう昨日になるか,浅谷さんが亡くなったよ」

「ホントに・・・なんじごろ?」

「午前11時過ぎかな」

「あなたは,よく頑張ったわ・・・おつかれさま」

「そうでもないさ・・・」

 自分のことを・・・これまでどうしても言えなかった部分を,なぜか無性に語りたくてしょうがなかった。しかし,どのあたりをどんなふうに説明したらよいものか? とてもじゃないが簡単には言いあらわせそうにない。明日も,明後日も,おそらくいつまで経っても,伝えたいことのほんの僅かでさえも口には出せないのではないか!

 そのとき,ぴったりの方法を思いたって机に向かったのだった。

 

『おまえに・・・最初で最後の手紙をしたためて,そうしてこの世を,生きおさめることにしよう』